青春パンクとは一体何だったのか
メディアにジャンルごと食い物にされた音楽、それが青春パンク。
2000年代前半ごろに一気に人気が集中して一気に弾けたジャンルだ。代表的なバンドは人によって異なると思うけど、僕はゴイステ、太陽族、ガガガSPとかその辺りだと思う。僕が音楽などハマりしたきっかけ。10代の恋愛とか友人関係とか人生観の悩みを想いのままぶちまける。メロディよりも歌詞を重視した音楽性。大好きなジャンルです。今でも定期的に聞いているし未だに心に響くものがある。
なぜ青春パンクは一気に広まり一気に消え去ったのか?今日はそれを考えて行きたいと思う。
ジャンルの定義が曖昧すぎた。
一番の要因はこれ。青春パンクと検索すると上がるバンドはサイトによって多種多様。これが青春パンクという明確な定義がない。例えばロックとかポップスは明確な定義付けはないにしても曖昧ながらみんなれっきとしたイメージがある。でも青春パンクにはそれがない。
Wikipediaによると青春パンクは175R、ロードオブメジャーが代表的なバンドと書いてあったが僕は全く違うと思っている。青春パンクは青春の思いの丈をフューチャーしたものであって、上記の2バンドはどちらかと言ったらメロディー重視で歌詞は別に普通だ。
僕個人としてはゴイステの「童貞ソーヤング」こそ青春パンクであり、そこからジャンルとして爆発したと思っている。
まぁ要は衰退した理由はそこだよね。人によってイメージがかなり違う。
流行の当時はまさにそれが顕著で出てくる若手ろっくバンドは誰も彼も青春パンクとジャンル分けされた。それを狙ったバンドもいれば全然狙ってないのに青春パンクに振り分けられたバンドも数多い。
B-DASHやジャパハリネットなんかはまさにで、B-DASHはキャッチーなメロコアと言うのが本来の立ち位置。ジャパハリネットは歌謡曲だ。
なぜジャンルが明確でないと衰退するのかというと、人が青春パンクを聞きたいと思って、調べたバンドを求めているものとの違胃が生まれるからである。例えばゴイステみたいな音楽を聞きたいと思ってバンドを調べ、B-DASHを聞いたら絶対に求めているものとは違う。175Rなんかも全く違う。
本来のジャンルの広がりと違うメディア戦略としても広がり方をしてしまったせいで、視聴層がジャンルを固定できなかったのである。
そもそも青春パンクって結局なんなのか?
青春パンクはその場の思いを大声で歌うみたいなイメージだがB’zが大声で「ウルトラソウ!」(はい!)って言ったところで青春パンクではない。青春にソウルはいらない。大声だけでは違うということだ。
では悩みや主張という部分が大事なのか?ミスチルの曲はメッセージ性が強いが青春ではない。あれはアダルティーな雰囲気がどうしても抜けない。
青春パンクなんてジャンルはロック、ジャズなんかと違い、ロックバンド、ジャズミュージシャンと違い、青春パンクバンドということ自体が間違いなんではないかと思う。
なぜなら青春パンクは曲の雰囲気だけだからである。悩みや主張を大声で歌っていたら青春パンクと言われがちだが、スピッツがロビンソンを大声で歌ったら青春パンクだろうか?
違うだろうって書こうと思ったら草野マサムネがやったらそれっぽくなりそうで困るな。「だーーーーー!!!!!!れも触れないーーーーー!!!!」って。
でもそれはおかしいだろう。
要はバンドとしての定義ではなく、バンドの中の数曲しかないのだと思う。
ゴイステなんかは青春パンクと言える曲は数える程しかない。銀河鉄道の夜、BABYBABY、彼らの曲はそのほとんどが昭和の歌謡曲を思わせるような情緒のあるものだし、バンド自体が青春パンクと言われるのは違和感がどうしてもある。
全体を通して青春パンクなバンドなんてそれこそ太陽族、ガガガSPぐらいじゃないか?
ジャンルとして狭すぎるのである。まぁやっぱり青春パンクとはその名の通り、青春のように儚くて定義できない淡いものなんでしょうね。そこに無理に定義ずけしようとする方が無理なのかもしれません。
青春時代の淡い時代にもう一度戻りたいな〜と思う三十路でした。
以上です。